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2009.12.16. Wed 14:13

デジタルカメラが高性能化してきて誰もがきれいな写真を撮れる時代になりました。
ネット上には昔と比べるとはるかにきれいな写真が掲載されています。

ところが・・・どの写真を見ても同じような感じ。シーンや構図が同じなら、それはまるで同一人物が撮ったように見えてしまうことがあります。
これは、撮像素子が得た光から諧調や色味を決定する部分がカメラメーカーの標準的な画造りを行っているから当然なんですね。

写真というものにはこうであるというようなキマリ事は一切ありませんが、大量生産された工業品のような匂いのする写真が生理的にイヤだと思う人はたくさんいると思います。自分の好みの諧調や色調表現できるRAWデータの処理に興味があるか既にいろいろな表現にトライしているのではと思います。

当フォブログの管理人、kokupsy はグラフィックデザイナという職業上、そして個人としても特に写真の諧調や色調の表現には敏感に反応してしまいますので、現像処理と加工処理は撮影目的によって、撮影と同じ比重くらい大切なプロセスだと考えます。
ただ、補正も加工も最終的な仕上がりのリファレンズイメージを持っていないと、おかしなものが出来上がってしまいます。
大事なのは、写真の持つ”現実的でリアルな表現”と、”写真をあくまでも素材として伝えたい事を表現しようとする絵画的な作品”なのか、どちらかを最初に決める必要があります。例え何気ない日常をテーマとして選んだ場合でも、撮影時点で表現方法まで含めて考えたほうがいいでしょう。まあ、こんなことはあたりまえのことなんですけれど、何の考えもなくカメラを振り回して遊んでいるだけではこの点が欠けていることがあるでしょう。

前者の”現実的でリアルな表現”の場合、作者の余計な考えが少しでも画面内に感じられないように、事象だけを忠実に再現することに徹します。その写真のテーマは見る人によって決められるのです。見る人の感性や経験によって印象や事象の咀嚼があって初めてひとつの創作が完成します。できるだけ見る人に創造してもらうために、生々しさ、シズル感を失わない処理が必要となります。何もかも現実をそのまま切り取った状態にもっていくのがベストです。ただ、カメラの眼という観点での”見たまま”を演出することは少なからず必要になります。撮影者の意図は消し去り、何の感情を持たないカメラが捉えた映像を意識するとよいでしょう。

後者の”写真をあくまでも素材として伝えたい事を表現しようとする絵画的な作品”の場合は、よく耳にすると思いますが、「写真は引き算」という考え方で表現するのがいいでしょう。これは撮影時からテーマを強調するためならなんでもアリという表現方法ですね。この場合、中途半端な表現は却って不快感を与えることになりかねません。これはどうだ的な押しの強いメッセージや、強烈な匂いを発する非現実的なイメージや作者の思いをことさら強調するような写真など、撮影時から徹底的に作りこまないと中途半端なものになってしまいます。
商業写真などはこちらに入ります。人はイメージの良い部分を記憶していますので、その記憶に合致する映像を作る表現方法です。この表現を使うと、写真を見た閲覧者は素直に何の疑問を抱かずに写真を見てしまうという利点があります。まぁ、キレイすぎるのでは? と思うこともあるでしょうけれど、スっと自然に入り込んでいきます。見て欲しくないものは徹底的に排除します。

この両者とも、最終的な仕上がり作品は、写真を見た人の心の中にできあがるということです。それは、形でもなければ色でもありません。・・わかりますよね。
写真は「それ」を手助けするだけでただの媒体に過ぎません。
色がどうだ、諧調がどうだ、という写真の持つ性格を云々するのは、何を伝えたいかという根本的なテーマがあってこそ初めて必要となるものです。当たり前のことですが、最終的に良い写真というものはそこに集約されます。テーマ自体が良いか悪いかは、また別ですが。
テーマと写真の表現が合致したときに、心は動きます。

これら両者の要素がゴチャゴチャと混在していると閲覧者は混乱することになります。

そして最後に写真の持つ恐ろしい力を紹介しておきましょう。これはただ単にその写真を見ると”眼が心地良い”と感じる”快感写真”です。これは何が写っていようとも全く関係ありません。美術工芸品の名工の作品と同じで、存在するだけで見る人の目を気持ちよくさせることができてしまう力です。その正体はグラデーション(諧調)や画面構成です。人間は生理的に光を楽しむ能力が備わっているのかもしれません。豊富なグラデーションを見るだけで胸がキュンとなる写真というものが確かに存在するのです。さらに諧調に形や方向性が加わってテーマなどと、小賢しい人間の知恵なぞ到底及ばない宇宙的オブジェになり得るのです。
写真は人間の眼とは違う化学的、物理的な諧調表現を持っていて、自然界の諧調のある部分をことさら強調して表現することができるのです。

さて、少々前置きが長くなってしまいましたが、もし、お仕着せの国民服のような諧調や色調表現に納得がいかない、という人がいたら、ぜひいっしょに表現方法などを探っていきましょう。
気楽にコメントをいただけるとうれしいです。


kokupsy / K.G.C.Works | enjoy editRAW

※uxga ディスプレイでブラウザをフル画面にして楽しめる数少ない photoblog です。推奨ブラウザは Google Chrome ですが、<2010.09.16追記>ディスプレイ解像度がUXGAに満たない場合は、Operaがいいようです(ctrl + F11 でウインドウサイズに合わせて写真サイズを縮小してくれます)。Google Chrome は縮小表示させると lightbox の表示がおかしくなります。<追記ここまで>
Windows XP で Vista標準フォント”メイリオ”を使う

<2013.05.01追記>
ページ上部の FOTO folio のロゴをクリックするとトップページにジャンプできます。今更ですが・・知らない人が多いようで。
<追記ここまで>

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